カテゴリ:Question of the day( 29 )


2013年 08月 29日

東北大震災、アルバムを更新しました。

福島県いわき市四倉の海を定点観測しています。
しばらく更新をさぼってたけど、facebook上でですが、今年の分をアップしました。



東日本大震災関連のアルバム

ついでに、言いたかったこと。

English(broken) & 日本語で。
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by kyuuuu | 2013-08-29 17:48 | Question of the day
2012年 02月 11日

WE WILL COME BACK

二月の海は、さすがに「東北のハワイ」(ってほんとに言われてた)いわきと言えど寒い。海へ流れ込むほんの手前の川の表面には氷が張っていた。
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二か月前にイベントをやらせてもらった「道の駅 よつくら港」はだいぶ壊されて、仮店舗で営業していた。駅長さんたちもお元気そうでなにより。
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すぐ後ろにはその瓦礫。でもこれも新たな道のりへの一歩。
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ただ、船が乗り上げた港はいまだそのままだ。
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その隣にある所有者不明の車群も朽ちてきた。
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いつもの四ツ倉海岸の車は波にあらわれたのかこの間より顔を覗かせていた。この車も見る度朽ちていく。
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また少し更地が増えた。
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そして新しい建物も立ち始めた。
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すこしづつ、前へ進んでいく。ここに立っていた工場も更地になって社が見守る。
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この海と同じくらい静かに、再生が進んでいく。

南下して、小名浜。「オクリエ」というプロジェクトを見たくてきた。取り壊しの決まった建物に綺麗な絵を描いて最期を見送るプロジェクト。これが残った一件らしい。
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きれいだな、と思ってぐるりと回ると「小名浜」の文字。
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そしてよく見るとWE WILL COME BACKのメッセージが。思わず涙腺が緩む。そう、また戻ってくるんだ。
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UDOK. オクリエの主催。UDOK.のFacebook.
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by kyuuuu | 2012-02-11 23:57 | Question of the day
2012年 01月 11日

2012年の海もきれいだった。

もう10ヶ月がたってしまった。のか、まだ10ヶ月なのに。と思いは東京といわきをまたいで生活する自分の気持ちの混乱なんだろうか。

定点観測地点。いわき市四ツ倉。場所は改めて、この辺。

ちなみに原発があるのは地図上部の大熊や富岡の地。

こんなに寒くて、危険なこともわかっていて、でも海に入るサーファーもいる。見た目は美しい海に。
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愚かという人もいるのかもしれない。けれど潔くて充実した彼らの表情は、かっこいいと思った。
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そして先月イベントをやらせてもらった道の駅よつくら港は取り壊し中でせつなくなった。本当にお世話になりました。
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あの時描かれていた絵だけがその名残。
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周囲も取り壊しが進んでいて、ここがなくなってよりさっぱりしてしまった沿岸。あの車は錆びて、また少し砂に埋もれていっている。
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ふと気づくとため息が漏れそうになる海沿いを車に乗って見ていて、はじめて見た瓦礫の集積所。福島県の瓦礫は県内で処理しなければならない。役所の友人が言っていた言葉を思い出す。
「瓦礫の置き場書もだんだんなくなって解体したり道路工事で出たレキが置けなくて、復興の前に解体なんかも簡単にできなくなってるんだよね。」
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ああ、これが現実なんだよな、としみじみと感じたこの山の圧倒感。

年が開けても、行き場のない思いをくすぶらせる自分がいる。
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by kyuuuu | 2012-01-11 23:17 | Question of the day
2011年 11月 11日

届け!

air jam 2011の最後をくぐるゲートに書いてあった。ありがとう、って思ってそれ見てまた泣きそうになった。

震災から8ヶ月目。

もう単に自分のためのmemoにしかなっていないかもしれない。けど、今を知ってほしい。一人でも多くの人に。
東京の放送では南相馬や福島市が取り上げられる。地元のいわき市も気になるけど、原発の本当の地元の大熊町や双葉町、富岡町、広野町のほうが気になる。情報はなかなか得られないし、広野町も町民の50%がいわき市にいて、残りは全国に散らばってると思われるのに、町民役所をいわきより線量の高い福島市に置くと言う。不思議でならない。

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四ツ倉の建物で「解体許可」が下りているものが取り壊されていく。でも全部は解体しきれない。役所の友人に聞いた話、瓦礫を置く場所がもうないとのこと。壊さなきゃ再建もできない。けど、瓦礫っていったって人の生活の跡なんだ。
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やるせない。
でもこの間buildingしていた建物は完成間近のようで、勇気をもらえる。
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こないだ見つけた車はもうこのまま砂に沈んでいくんだろうな。
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それでも季節はめぐる。こんなにきれいな海なのに、汚れてるんだよな。って、ふとナウシカを思い出す。
どうでもいいか、んなことは。
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来月9ヶ月目は奇しくもイベント企画の日だ。
どうか一人でも多くの笑顔が見られるよう。やれることは全部やりたい。

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そのほかの写真はfacebookに載せてます
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by kyuuuu | 2011-11-11 23:59 | Question of the day
2011年 10月 11日

"時"よ、前へ

そんな感じのサブタイトルの番組を見た気がする。

確かに月日は流れる。けど、時が日常の姿の仮面をかぶって、止まったままのものも感じる。
今回ばかりは「時が解決してくれる」ころに、私はもう存在してないんだろうな。

10月初旬。
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心配していた田んぼには稲穂がたれている。いつもの風景が嬉しい。右手前は残念ながら休耕田。その後ろは刈り取ったあとみたいだ。

また、四ツ倉に行く。
壊れた建物は更地にされ、建替えする建築物も見かける。
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海岸を歩いていて驚いた。
これ、5/5に見た風景。
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10/3。まさか同じ車と出会うとは。
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首相が代わって、大臣が代わって、季節が変わって、他に何が変わったんだろう。私の時間はあまりにもゆっくりで追いつけない。

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[東日本大地震関連]
 facebookにもっと写真載せてます。
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by kyuuuu | 2011-10-11 23:24 | Question of the day
2011年 09月 11日

6ヶ月。

アメリカ合衆国の同時多発テロからは今年で10年になるそうだ。
10年で、USAは泥沼の戦争を引き起こし、イラクでは戦乱の余波がずっと続いている。なくなった人数は戦時中より戦後の方が多い。でも数年前のグラウンドゼロを見たときの衝撃はいまだに自分の胸にも残っている。

海を隔てたこっち側では、3月11日から半年がたった。
半年で、政権は変わり、大臣もころころ変わり、あちこちでまだ復興じゃない復旧をなんとかしようという地域があり、でも人々にとって様々な支援は切られたりもしている。一方で、長い目で応援しようという動きは少なからずあって、とても素晴らしいことだと思う。

けど、福島県にまつわる話は東京では偏ってしか聞こえない。
現地の人の声の方や風景はリアルで、現地では得られるのにこっちでは見えなかったり誇張されて見えてしまう。

例えばひまわりがたくさん植えられていること。
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すごく牧歌的できれいなんだけど、どこかの研究結果で土壌の放射性物質の除去にひまわりが役立つらしいということも背景にあるとか。ひまわりを植えよう、って運動もあったみたいだしね。これはもう半分くらい祈りに近いことで、少しでも希望を持ちたいから、という気持ちの表れでもあるんだと思うよ。
でも、最後に枯れたひまわりはどうするのか、とか、つい考えてしまう。


例えば、前にここにも書いた「I Love you & I need you ふくしま」は外から見た福島の姿であって、そのときはよかったかもしれないけど、今はもうその歌はいらない。

先月、仙台に住む友人と会った。震災後にはじめて福島に帰郷したそうだ。家族とは震災直後に県外の避難先で会ったと言っていた。

被災した人たちに共通して今言えるのは、明るさと通常さを振舞いながら、心にどこか暗い影をいつも持っていて、それでもそれぞれの地でなんとか生きている。押し付けがましい応援の「キモチだけ」はいらない。

定点観測じゃないけど、海辺に行った。先月末だ。(3ヵ月前にも行った同じ場所だ。)

壊れて「解体許可」が下りた建物はショベルカーが大きくはだかり、その隣に半壊に近くても避難所が解散した今はたぶん住んでいる面影がうかがえる家がある。

海はきれいなのに、夏なのに、誰もいない。ただ、花火と人と犬の足跡と、海鳥を見て、ひとりだけじゃないんだと思う。
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でも少し行くと近くの海岸付近は、まだこんな状態だ。
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かといって暗い話ばかりじゃなくて、「八百八」(やおはち)さんという四ツ倉の商店では、バンで巡回販売をしているとおっしゃっていた。近隣にあったお店もなくなった今は、貴重なんだと思う。快く話をしてくださてありがとう。ここでも人がちゃんと生活していることを実感した。
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一方、市中心部の駅前はふつうどおりで、雨が降ると小雨でも傘を開くけど、人が閑散としてるのは震災前も代わりはしない。うちの近所の家も、ふつうに立っているけどたいていはちょっとしたヒビや瓦がくずれたりして、それでもみんな相変わらず普通の暮らしを営んでいるように見えるまでになった。震度3程度の地震には「またか」という顔をする。

これが、現実。

今伝えたいのは、その姿だけだ。

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ISSW いわきに笑顔を咲かせようプロジェクト公式サイト
ヒマワリで放射能除去? 水をさすようで恐縮だけど、こんな意見もあるのは懸念材料だよな。
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by kyuuuu | 2011-09-11 23:32 | Question of the day
2011年 09月 01日

誰かが言っていたそうだ

「人生は知らず知らずのうちに最良の道をたどっている」
んだそうだ。

いまは懐疑の念よりも、ずっとそう願いたい。
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by kyuuuu | 2011-09-01 10:46 | Question of the day
2011年 07月 11日

4ヶ月目

3/11から4ヵ月。完全に季節は変わった。常磐線で行ける北端が久ノ浜になった。(先月は四倉だった)
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久ノ浜の海沿いは、このままだ。
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田んぼは田植えの時期をずらしたとは言え、青々としていた。どうかいいお米に育ってほしい。どうか、ちゃんと出荷できるお米に育ってほしい。
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by kyuuuu | 2011-07-11 22:21 | Question of the day
2011年 06月 13日

マッチングサービス

支援される側と、支援する側、何が必要で、何が支援できるのか、まとめたマッチングサービスがあるそうだ。本当にほしいものが個人レベルでわかるので支援する方もわかりやすい。
(といっても、こういったマッチングを利用できない被災者の方もたくさんいらっしゃるだろうからもどかしいところもあるけれど)

有名所とかはボランティアプラットフォームかな。
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実際利用してみているところ。

ほかにもまとめサイト(上ノ山明彦氏のサイトのページ)などがあるのでご興味ある方はご一読を。
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by kyuuuu | 2011-06-13 22:37 | Question of the day
2011年 06月 11日

3.11から3カ月。

実家に帰った。
何が変わったんだろう、と思う。

FUKUSHIMAは世界的に有名になり、静岡のお茶ですら放射能の影響が出ている。市内の浜辺のガレキの撤去はまだらしい。でも市内のライフラインはほとんど整ってきたみたいだ。相変わらず道路はガタガタだけれど。

これは5月初旬の浜辺の様子。
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今日は家の前を出ると猫が2匹並んで寝ていた。
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何かは変わっていると思う。
でも、正直よくわからない。猫だけが平和そうな顔をしていた。
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by kyuuuu | 2011-06-11 23:18 | Question of the day